東京高等裁判所 平成6年(ネ)4719号 判決 1996年4月26日
主文
一 本件控訴をいずれも棄却する。
二 控訴費用は控訴人らの負担とする。
理由
【事実及び理由】
第一 当事者の申立
一 控訴人ら
1 原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。
2 右部分についての被控訴人の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
控訴棄却
第二 事案の概要及び証拠
事案の概要は、次のとおり付加する以外は原判決中の「第二 事案の概要」のとおりであり、証拠の関係は原審及び当審の証拠目録記載のとおりであるから、それぞれこれらを引用する。
一 原判決書四枚目表三行目から六行目までの(二)の項を次のとおり改める。
「(二) 本件各記事の内容の基本的部分は真実であったか。
(三) 仮に、真実でないとしても
(1) 共同通信社(乙事件被告)が、本件各記事の内容の基本的部分につき真実と信じたことにつき相当の理由があったか。
(共同通信社の主張)
共同通信社としては、被控訴人に関するいわゆる「ロス疑惑」がマスコミによって報道されるようになった昭和五九年初頭から被控訴人がいわゆる「殴打事件」で逮捕された昭和六〇年九月一一日、そして本件記事が共同通信社から各加盟社に配信された同月一四日までの間、警視庁担当のキャップ以下約一〇人の記者を配置する取材体制の下、十分かつ詳細な取材活動を行っていた。
本件各記事のうち、被控訴人の元妻にも生命保険を掛け、同女との婚姻中に不審なガス漏れがあったとの部分(以下「本件第一事実」という。)については、被控訴人の元妻とその現在の夫及び警視庁に対し取材して右記事の真実性を確認しているし、被控訴人の経営する会社の社員に対してお互いに妻に保険金を掛けて殺そうと持ちかけたがさた止みとなったとの部分(以下「本件第二事実」という。)についても、警視庁に対し独自の裏付取材を行ったほか、右事実については既に被控訴人を被告人とする殺人罪及び詐欺罪についての刑事裁判において、検察官側が傍証事実として立証し、論告においても詳しく述べられたものであって、共同通信社が右事実を真実と信じたことには相当性がある。
(被控訴人の主張)
共同通信社の主張は争う。本件第一、第二事実につき、被控訴人は捜査当局から事情聴取を受けておらず、その立件さえされていないものであり、警視庁の取材で右記事に沿うものが得られるはずがない。離婚した夫を非難する可能性の強い妻の話を聞いただけでは真実と信じたことの相当性はない。
(2) 共同通信社から配信された記事を基にして本件各記事を掲載した中国新聞社及び秋田魁新報社には、本件各記事の内容の基本的部分につき真実と信じたことにつき相当の理由があったといえるか。
(中国新聞社及び秋田魁新報社の主張=いわゆる配信サービスの抗弁)
ア 共同通信社は我が国有数の通信社であり、他方その加盟社である中国新聞社及び秋田魁新報社を含む約二二〇社の配信先の多くはいわゆる地方紙の発行社であり、世界的規模、全国的規模のニュースについての独自取材の能力はなく、またそのためにこそ共同して社団法人である共同通信社を設立してその社員(構成員)となり、社費の分担義務を負うと共に社員たる地位に基づき共同通信社から配信記事の提供を受けているのである。
イ このような通信社の社会的存在理由に鑑みれば、確立した名声と定評を有する通信社が配信した記事に実質的な変更を加えずに配信先(加盟社)が掲載した記事については、配信記事の文面上一見してその内容が不正確不合理であると合理的に判断される場合及び配信先が手持ちの情報から誤解であることを了知している場合を除いては、掲載記事が仮に事実に反する内容のものであったとしても配信先に過失はなく、配信先は配信記事の内容の真偽を確認すべく独自の裏付取材を行ったり、調査を行う義務を負うものではないというべきである。なぜなら、全国的ないしは世界的規模のニュースの取材のための十分な人材と組織力を持たない各配信先に、各配信記事についての各配信先毎の独自の裏付取材の義務を課し、かかる独自の裏付取材を行った上でその真実性を再確認した上でなければ記事を掲載してはならないとしたのでは、地方の新聞社は裏付取材に多大な時間と多額の費用を要することになり、結局全国的ニュースや海外のニュースを適時に紙面に掲載することを断念せざるを得なくなるからである。
ウ そして、我が国においては、当該報道記事が共同通信社の配信にかかるものであることの付記(以下「クレジット」という。)を付さないで掲載する取扱いが戦前からの慣行として確立しており、クレジットが付されているか否かにより右の結論が左右されるべきものではない。
エ 本件記事は共同通信社の配信記事により、これを実質的に変更せず掲載したものであり、配信記事の内容につき疑うべき特段の事情がなかったから、中国新聞社及び秋田魁新報社には、本件記事の内容が真実であると信じたことの相当性がある。
(被控訴人の主張)
共同通信社による配信記事が常に真実であるとは限らず、自らその真実性を取材により確認しないでこれを掲載した配信先には、真実と信じたことの相当性があるとはいえない。特に、共同通信社の定款により付すものとされている「共同」のクレジットを付さないで記事とする場合は、読者には共同通信社の配信によるものであることは分からないから、掲載社の取材による記事と同視すべきである。」
二 原判決書四枚目表八行目の4の項を次のとおり改める。
「4 本件記事による被控訴人の損害発生の有無、その額及び他の新聞社による同旨報道に関する損害賠償金の支払いにより、本件損害が填補されたといえるか。」
第三 争点に対する判断
一 争点1(名誉毀損の成否)について
右についての当裁判所の判断は、原判決書四枚目表一〇行目以下の一の項のとおりであるからこれを引用する。
二 争点2(違法性阻却事由及び故意過失の存否)について
1 違法性阻却及び故意過失の欠缺
事実を摘示して名誉毀損行為が行われた場合であっても、右行為が公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出た場合においては、摘示された事実の基本的部分が真実であることが証明されたときは、その行為は違法性を欠くものであり、また、真実であることの証明を欠く場合であっても、行為者においてその事実が真実であると信じたことにつき相当な理由がある場合には、故意又は過失を欠くものとして、いずれの場合も不法行為が成立しないものと解される。
2 公共性及び公益目的
報道する目的をもって、通信社において本件各記事を報道機関に配信し、或いは新聞社においてこれを新聞に掲載する行為は、右記事が保険金取得を目的とした殺人未遂という犯罪事実に関するものであるから、公共の利害に関する事実に係るものであり、専ら公益を図る目的に出たものであると認められる。
3 真実性
(一) 共同通信社は、本件各記事のうち、被控訴人の元妻についても生命保険を掛け、同女との婚姻期間中に不審なガス漏れがあったとの本件第一事実については、被控訴人の元妻とその現在の夫及び警視庁に対し取材をして右記事の真実性を確認していること、被控訴人経営会社の社員に対しお互いの妻に保険金を掛けて殺そうと持ちかけたがさた止みとなったとの本件第二事実についても、警視庁に対し十分な取材を経ているし、その後の被控訴人に対する刑事裁判において、検察官がこれを傍証事実として立証し、論告においても引用していることを各援用して、いずれも真実であることを確認した旨主張する。
(二) 《証拠略》によれば、次の事実を認めることができる。
(1) 共同通信社の社会部の記者であった小山鉄郎において、昭和五九年一月二八日及び同年二月一八日の二度にわたり、以前被控訴人の妻であった者或いはその夫から、本件第一事実に沿う話を聞いており、その旨の取材メモを作成したこと
(2) 昭和五九年一月三〇日に警視庁において右夫から事情聴取をし、右被控訴人の元妻から、同人が被控訴人と婚姻していた当時、自宅で不審なガス漏れがあったとの話を聞いたとの伝聞供述を得て、その旨の捜査報告書が作成されていたこと
(3) 被控訴人に対する刑事裁判において、検察官が本件第二事実と同旨の事実についてこれを傍証事実として立証活動をし、論告においても引用したこと
(三) しかし、前認定のとおり、本件第一事実及び第二事実の各記事は、いずれも「私も命を狙われた」旨の大見出しの下に、被控訴人の元妻のA子を保険金目的でガス事故に見せかけて殺害しようとしたこと及び被控訴人が自分の経営する輸入雑貨販売会社「フルハムロード」の社員に保険金殺人の話を持ち掛けていたことが、警視庁特捜本部の調べから明らかになった事実として掲載しており、一般読者をして、被控訴人が右A子及び社員の妻に対する保険金殺人の計画、実行の疑い、あるいはその教唆の疑いがあるとの印象を与えるものであるところ、右(二)及び(1)及び(2)の事実は、いずれも被控訴人の元妻の話に基礎を置くものであるに過ぎず、右の程度の取材結果から、本件第一事実の基本的部分が真実であるとは到底認めることはできない。また、本件第二事実についても、刑事裁判において、検察官が立証活動をし、論告において引用したとしても、所詮傍証事実としてのものであり、このことから本件第二事実の基本的部分が真実であるということはできない。他に、本件第一及び第二事実の基本的部分につきこれを真実であると認めるに足りる的確な証拠はない(右小山記者の取材メモ中には、小山が被控訴人の元妻を取材して記載した本件第一事実に関する部分の後ろに、本件第二事実に関するかのごとき記載があるが、小山の陳述書にもこの部分についての記載はなく、右メモが元妻からの取材内容によるか否かも明確でない。)。
4 共同通信社が真実と信じたことの相当性
共同通信社は、右3(一)の点を援用し、仮に本件記事の内容が真実でないとしても、これを真実と信じたものであり、信じたことには相当性があると主張する。
しかし、共同通信社において警視庁に取材したとの点については、これを裏付ける的確な証拠はない。共同通信社の自社関係者の陳述書によれば、共同通信社は警視庁記者クラブに加入しており、本件記事作成の昭和六〇年当時はキャップ以下一〇人の記者による警視庁取材体制が敷かれていたほか、遊軍記者らによる取材班の周辺取材体制もあり、ことに事件関係記事については捜査当局ないしは捜査員との信頼関係を重視して警視庁に取材し、確認をとるのが原則であるから、本件の場合も同様に取材し、確認した筈であるとするのであるが、通常の取り扱いが右主張のとおりであるとしても、本件記事が真実であると信じたことを相当とするほどの警視庁への取材が行われたことを認めるには至らない。そして、信じたことの相当性の判断は名誉毀損当時の資料によって判断すべきものであるから、その後の前記刑事裁判における論告等の点を勘案することは相当でない。
仮に共同通信社主張のように警視庁に取材したことを前提としても、これが警視庁当局の公式発表によるものでないことは主張自体から明らかであるし、その取材の形態や内容等も明確ではない。右抽象的な取材の事実を前提にし、これと前記認定の事実を合わせ考慮しても、基本的には、別れた夫に関しての不利益な事実につき、元妻の話からこれを真実と信じたというに帰し、本件記事内容につき真実と信じたことにつき相当性があるということはできない。
5 中国新聞社及び秋田魁新報社の信じたことの相当性(いわゆる配信サービスの抗弁について)
(一) 《証拠略》によれば、次の事実を認めることができる。
(1)共同通信社は、昭和二〇年に、戦前に通信社としてニュースを配信していた同盟通信社の解散後、時事通信社とともに設立され、主として新聞社等の報道機関を加盟社(社員)とする社団法人として、正確公平な内外ニュースの普及を図り、公平な世論の形成と国際的理解の徹底に資することを目的とし、内外のニュース及びニュース写真を編集し、これを敏速的確に社員及び海外の報道機関に通報すること等を事業としている。
共同通信社と時事通信社の設立当初は、共同通信社が全国の新聞、放送向けのニュースサービスを、時事通信社が官庁、団体等を対象とした日刊通信の発行、出版事業を行う形で業務分担がなされていたが、その後、互いに相手方の業務内容に進出し、競争関係に立つ我が国における二大通信社となっている。
共同通信社においては、加盟社である社員は決議機関としての社員総会の構成員であり、社員総会により選任される理事をもって構成された理事会が基本的運営事項について決定し、理事会により選任された社長等の執行機関が社務を執行し、その資金は加盟社が入社する際に納入する入社金、毎月払い込む社費等に依拠している。この意味で、共同通信社は、加盟社が一体となって、その責任と協力により維持、運営されている組織であるといえる。
世界的に見ても、通信社は、新聞社の取材の肩代わりをするもの、すなわち、新聞社が物理的にできないことを代行したり、経済性を考慮して、新聞社が資金を出し合って取材を代行する機関として発生した沿革があり、我が国の通信社についても同様のことがいえる。
(2) 共同通信社は、中国新聞社及び秋田魁新報社を含む地方紙や日本放送協会など六十数社の加盟社に対して記事の配信をしている外に、朝日新聞社等の全国紙や民間放送局などとの間では個別に配信契約を結び、対価の支払いを受けて記事を配信している。
共同通信社は、東京に本社を、日本の各地に支社、支局を設け、海外にも支局を設置し、国内は勿論海外からもニュースを取材して加盟社及び契約先に配信するとともに、海外の報道機関にも記事を流しており、本社の編集局には政治、経済、産業、内政、運動、科学、社会、外信、金融証券、文化、写真、画信等の各部が設けられて、取材、編集活動が行われている。
(3) 共同通信社におけるニュースの作成は、一般の新聞社と同様の取材方法、すなわち所属記者が国会、行政庁、警視庁、裁判所、経済団体などに設けられた記者クラブを通じ、あるいは独自手段による取材活動から得た情報を基に生の記事を書き、これをデスクが処理した上、整理本部でチェックして完成し、その配信は、右記事を通信部で漢字テレタイプにパンチして、電子符号の形で送信することにより行われるものである。昭和六〇年当時の共同通信社における一日の送信量は一五字を一行として約二万行であった。
(4) 共同通信社から配信を受けた加盟社及び契約先が、どの配信記事をどのような形で掲載するか否か、どのような見出しを付けるかはそれぞれの配信先の整理部長等担当者の判断によるが、配信記事とは別に共同通信社より送信される「配信メモ」と呼ばれる配信記事に関する総覧的な案内メモを参考にして決められることが多い。
共同通信社から配信された記事は、原則としてその内容に変更を加えないで掲載すること、及び掲載する場合には共同通信社からの配信によるものであることを示す「共同」のクレジットを付すこととされており(社団法人共同通信社定款、同施行細則一〇条及び契約書)、前者については守られているが、後者のクレジットを付する点については我が国では戦前の同盟通信社時代以来、国内ニュースに関する配信記事に関しては、沖縄タイムス以外はクレジットを付さない慣行であり、沖縄タイムスの場合も、平成六年からは「共同」のクレジットを付していない。
加盟社の多くを占める地方紙の場合、共同通信社から配信される記事により紙面の半ばを占める場合が多い。
(5) 中国新聞社は、主に広島県を頒布地域として、いわゆる地方紙である日刊紙「中国新聞」を発刊する新聞社であり、その発行部数は昭和六〇年当時約六一万部であった。
秋田魁新報社は、主に秋田県を頒布地域として、いわゆる地方紙である日刊紙「秋田魁新報」を発刊する新聞社であり、その発行部数は昭和六〇年当時約二二万部であった。
右両社とも、警視庁記者クラブに所属しておらず、警視庁関係の記事については、右記者クラブに所属して取材している共同通信社からの配信記事により報道することが多い。
(6) 本件各記事を掲載するに当たり、中国新聞社及び秋田魁新報社は、共同通信社から配信された記事の一部を省略したり、見出しを付け換えたりしているものの、基本的には配信されたものをそのまま掲載しているが、配信元を示す「共同」のクレジットは付していないし、右記事を掲載するに当たって、独自の取材活動を行ったことはない。
(二) 右事実を基に検討する。
共同通信社は我が国有数の通信社で、その取材体制も整っており、配信記事に対する信頼性も高く、一方配信先の地方紙は全国的規模のニュースにつき独自の取材体制を有しておらず、通信社の配信記事に依拠せざるを得ないものであり、また、そのゆえにこそ通信社に加盟し、社費等を負担して記事の配信を受けているものである。このような報道システムは、地方紙が世界的、全国的ニュースを報道するための制度として、十分合理性があり、現代社会における報道機関に課せられた社会的使命を果たすためにその存在価値は大きいものといえる。
しかし、中国新聞社ら主張の配信サービスの抗弁の検討にあたっては、なお次の点も考慮すべきである。すなわち
<1> 共同通信社が我が国有数の通信社であるからといって、通常の全国紙と異なる取材システムを有しているものではなく、むしろ基本的にはこれと同様のシステムで取材して配信記事を作成しているものであって、その配信記事の内容に誤りがあり得ないということはできない。
そして、朝日新聞社の昭和五九年当時の国内通信網が、一総局、九三支局、二〇七通信局、海外通信網が四総局、二三支局であり、毎日新聞社の昭和六〇年当時の通信網が、一〇一総・支局、二五海外機関、三〇〇通信部であるのに対して、共同通信社の平成三年当時の通信網が総局一、支局四八、海外総支局三八、海外通信員・駐在員所在地一六であり、単純には比較できないものの、少なくとも、共同通信社の取材体制が朝日新聞社等の全国紙のそれより優れているとまではいえない。
<2> また、前記のように、我が国においては、配信記事であることを明確にするクレジットを付する慣行がないことからすれば、通信社による配信システムについて明確な理解をもっている国民が多いとは考えにくいし、そして全国紙にも共通する右のような取材体制を前提とすれば、我が国においては、共同通信社の配信記事に対し、捜査機関等の公的発表と同様の程度に、その誤りのないことにつき高い信頼を勝ち得ているとは言い兼ねるものといわざるを得ない。
<3> 全国紙による報道記事が真実であると信頼して同内容の名誉毀損行為を行ったものが、一般的な全国紙の信頼性の高さを理由として免責されるとは考えにくいことと対比して、通信社からの配信を受けてこれを信頼して掲載したとの一事をもって、掲載者が名誉毀損の責任を負わないとするのは、公平を欠くきらいがある。
<4> 通信社による配信システムにおいては、通信社から配信を受ける加盟社が、自ら取材することが困難であることをカバーするため、資金を負担して通信社を構成し、その責任と協力によりこれを維持しているものであり、換言すれば、自らの利益のために、通信社を構成して利益を得ているもので、実質的に見れば自ら通信社を手足として取材をしているのと同視できる関係にあるとも言える。したがって、配信記事についてそれ以上の裏付けや独自取材が困難であることを理由に、その取材結果の誤りの責任を負担しない考え方には合理性があるとは認め難い。そして、加盟社は配信記事を掲載するかどうかを自由に判断できる以上、右のように解したからといって、配信記事について常に独自の裏付取材を要求されるものでないことはいうまでもない。
<5> 前記のように配信元を明確にするクレジットを付さない現状の配信記事の掲載の仕方では、配信記事の掲載により名誉毀損をされたとする者が、配信先に対して損害賠償請求訴訟を提起することは見やすい道理であり、この場合に配信先が原則として免責され、配信元に対して再訴すべきであるとすることは、被害者の救済に欠ける結果を招きかねない。他方、配信により掲載した新聞社が損害賠償責任を負担したとしても、共同不法行為者間の責任の問題として、場合により、通信社に求償することも可能であると考えられる。多くの場合に名誉毀損されたと主張する者は一個人である場合が多いのに比して、配信先は新聞社であることをも勘案し、不法行為法における原則的理念である公平の観点を考慮すれば、配信先につき免責することが、妥当な結果を招くとは考えにくい(なお付言すると、各加盟社は独自の編集権を有しており、配信記事の掲載の選択、位置付け、見出しの付け方等については通信社に拘束されるものではなく、他方において新聞報道における名誉毀損が、往々にして記事内容のみならず見出しの付け方を含む記事全体との関係で問題となる場合が少なくないことを考えると、配信記事についてクレジットを付したからといって、常に配信先が免責されるといえないことも当然であると考えられる。)。
以上の諸点、特に通信社の配信システムとその配信記事に対する信頼性の国民の認識状況、共同通信社とその加盟社の関係及び不法行為法における公平の理念等を総合考慮すれば、前記のような通信社による配信システムの必要性や合理性を前提としても、通信社の配信記事が誤っていた場合に、これを真実であると信頼して掲載し、名誉毀損をするに至った配信先につき、信じたことに相当性があるものとして免責すべきであるということはできない。
(三) 中国新聞社らは、配信サービスの抗弁がアメリカ合衆国の裁判例で認められているとして、我が国でもこれが認められるべきであると主張するが、アメリカ合衆国と我が国では、報道システムも、司法制度も、また国民の報道に対する意識も同じということはできないし、前記判示の諸点を考慮すれば、中国新聞社らの主張、立証するアメリカ合衆国の裁判例を勘案しても、前記結論を左右するに至らない。
また、中国新聞社らは、配信サービスの抗弁が否定されると、配信先において配信記事の利用を躊躇することになり、報道の自由や知る権利を制約することになる旨主張するが、既に検討した配信先と通信社との関係及び賠償責任を負担した場合の求償の可能性を考慮すれば、右配信サービスの抗弁が否定されたからといって、配信記事の利用を躊躇する事態が生ずるとは容易に考えにくく、報道の自由や知る権利に理由のない制約が生ずるとは思われない。
三 争点3(権利濫用の成否)について
右についての当裁判所の判断は原判決書七枚目表七行目以下の三の項のとおりであるからこれを引用する。
四 争点4(被控訴人の損害の有無、その額及び損害の填補)について
右についての当裁判所の判断は、次のとおり付加するほかは原判決書八枚目表五行目以下の四の項のとおりであるからこれを引用する。
1 原判決書八枚目表七行目から八行目にかけての「訴外東京スポーツ新聞社に対し金五〇万円の支払いを命ずる判決を得ており」を「訴外東京スポーツ新聞社に対し金五〇万円とこれに対する遅延損害金の支払いを命ずる判決を得て、既にその支払いを受けており」と改める。
2 原判決書八枚目裏一行目の「しかし」から三行目の「できないし」までを次のとおり改める。
「証拠(乙第一二号証、第一七ないし第一九号証)によれば、被控訴人が訴外東京スポーツ新聞社の掲載した記事に関する名誉毀損に関して、東京地方裁判所で損害金と遅延損害金の給付を命ずる判決を得て、同新聞社よりその支払いを受けたことを認めることができる。しかし、右乙第一二号証によれば、右判決の対象となった記事は、一部本件記事と同一事実に関するものではあるが、他の事実に関する摘示も含んでいるものである上に、乙第七号証、第一一号証及び弁論の全趣旨によれば、東京スポーツ新聞社の発行する東京スポーツと中国新聞社発行の中国新聞及び秋田魁新報社発行の秋田魁新報とは主たる頒布地域を同一とするものではなく、それぞれの新聞に同趣旨の記事を掲載したことにより受ける名誉毀損の被害は別の読者との関係で生ずるものであるから、一方による損害金の給付を受けたからといって、他方の損害が填補される関係にあるということはできないし」
第四 結論
以上のとおりであるから、被控訴人の請求は、中国新聞社及び共同通信社に対し、連帯して、損害金二〇万円とこれに対する昭和六〇年九月一四日から支払い済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを、秋田魁新報社及び共同通信社に対し、連帯して、損害金二〇万円とこれに対する昭和六〇年九月一四日から支払い済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いをそれぞれ求める限度で認容すべきであり、これと同じ結論の原判決は相当であって、本件控訴はいずれも理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 荒井史男 裁判官 田村洋三)
裁判官 曽我大三郎は転補のため署名捺印することができない。
(裁判長裁判官 荒井史男)